丹波篠山の出で、若い頃から諸国を歩き、浄瑠璃を語れば花も生ける。 そんな風流人であった初代・豊助が、縁あって淡河(おおご)で 元禄期からの家柄を誇る土地の菓子屋の娘と結ばれ、 独自のまんじゅう作りの秘法をあみだし、 明治15年に淡河本陣前に店を出したのが満月堂の始まりです。
丹波篠山の出で、若い頃から諸国を歩き、浄瑠璃を語れば花も生ける。 そんな風流人であった初代・豊助が、縁あって淡河(おおご)で 元禄期からの家柄を誇る土地の菓子屋の娘と結ばれ、 独自のまんじゅう作りの秘法をあみだし、
明治15年に淡河本陣前に店を出したのが満月堂の始まりです。
豊臣秀吉の時代に播磨から湯の山(有馬)を経て京・大阪を結ぶ西国街道の裏街道として栄えた宿場町・淡河。 往来する湯治客の間で評判となり、いつしか「名物・豊助饅頭」と呼ばれるようになりました。
現代では高級なお茶菓子のイメージが強い和菓子ですが、 「豊助饅頭」は1個60円。極薄の皮で京風の淡白な風味の自家製こしあんを包んだ優しいふるさとの味。ヘルシーで毎日食べても飽きない、そんな日常のお菓子でありたい。だから、できるだけの安価でお届けしたいと考えております。 店先でお客様が「おいしい」とほおばる笑顔が何より嬉しいのです。
満月堂のもう一つのこだわりは、「できたてを手渡す」ということ。静かな山里の淡河町ですが、地元のお客様からドライブを楽しむ行楽客や大型の観光バスにも立ち寄って頂き、店内は平日でもお客様が絶えません。これまでの味を守り、できたてを手渡すために、開店前から閉店まで2、3時間おきに生産を続けています。